スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

みこころ

昨日は各地で体育祭が、花盛りだった。 私も家族と

近くの地区体育祭に出かけた。 年に一度 この時しか会えない

懐かしい顔 顔 顔。 思いはそれぞれ異なるが にこやかに

挨拶 そして立ち話。  恒例の風景だ。

3キロのロードレースに参加。 中学生以上60人くらい出てる。

どう見ても80歳近い俺には 太刀打ちはならない。

やばい  今年はどん尻かと覚悟した時 この地の大薬師寺管長さんの

姿がスタート地点に見え 一気に心が安らぐ。最悪でもブービーだ。
 
人の煩悩を救い給われる 御心の広さに感謝しつつ後光射す横から

抜かしていただいた。

慰労会  近い世代が寄りあい、持病と愚痴だけの2時間で終了。

来年 お互いに生きたままで再会 約して(ばんざーい)

やれやれーーーーーーー。 
スポンサーサイト

憂愁ーー日本

今日のネットに 故中川昭一氏の遺言としての一文が

出てた。 氏は平成20年ワシントンでの財務省、中央銀行総裁

会議(G7)に出席していた。リーマンショックの直後である。

当時のブッシュ大統領が 北朝鮮の(テロ国家指定解除)したとの

報に色をなし 日本の拉致問題はどうなるのかと、激しく

詰めより 大統領がライス国務長官に 助けを求めた。

アメリカや中国に対しても、公の場で物言える 唯一の

政治家であった。  ただ惜しむらくは、酒との関わりを

絶てぬ事だった。  あの記者会見での醜態には裏での何がしかの

工作の噂も 強くあった。 そして彼の死に対しても。

同席していた日銀の白川総裁も あの事態を庇わずに目を

背けていたのが、今でも強い不信感として 心にのこる。

もう 彼のような国士は出てこないのか?

(日本はキャッシュ デイスペンサーにはならない)との

彼の勇気ある発言を 忘れてはならない。


民主党に続き 復活した現政権もオリンピック開催に浮かれ

一方では消費増税を着々進める。 千兆円を越える国債 外交の

弱腰。 内憂外患の日本を覆う秋の夕闇が濃い。

振り返らぬ人生

各地のマラソン大会で、かつての名選手がゲストランナーとして

招待され 一緒に走れることがよくある。

特に君原健二さんは、何度も見ることができた。

彼がメキシコ五輪で、銀メダルに輝いたとき 沿道の観衆が

(ドス  ドス)と叫ぶの聞いて 二位を確信したと

講演会で語っていた。  ドスとは数字の2である。

そのメキシコへの旅行の時 タクシーでマラソンコースを

辿った。 スタートの傘を逆にした様な メインスタジアム

選手村の国立大学などが 印象的だった。

ガイドだった60才台の日本女性に この道を君原さんがどんな

気持ちで走ってたんだろうと 聞いた時 黙って下を向き

涙を流していた。 彼女の人生を垣間見た気がする。

海外の女性ガイドと ゆうよりヘルプ的な面を、こなしている

人には不運に直面した人も、多いと聞く。 空港とホテル間のみの  

送迎で 小さい子供を連れていた 少し影のある人には二年続いて

会ったこともある 帰国便の時間待ち ラウンジで、コーヒーだけ

飲んだ。 

(頑張ってほしい あなたの選んだ人生ですよ) そっとエールを

送る事しか出来ないのが悔しい。 (さよなら) 振り返らずに搭乗口に向かう。
  

十五夜と母と

昨夜 本当に久しぶりに、満月を見る。

遠い遠い日 縁側のお供えの前 母がススキの間から

見える月と、ウサギの話を聞かせてくれた。

あれから 75年も過ぎてる。

それでも 優しかった声 膝のぬくもりは忘れない。

今 あの時の純な気持ちの俺は どこへ行ったのか?

諸行を振り返り 呆然とする。

過ぎた人生は 返らない。

イヤと言うほど聞かされた 先人の遺訓。 今になって

心に響く。 遅い  遅い 遅いのだ。

煌々と輝く月に 知らずの間に頭を垂れる

悲しや、、、サングラス

まだ 日中の日差しが強く、走るときのサングラスは

必携である。 現在 使っているのはオーナー同様に

かなり 疲れている。

スポーツ用品として買えば 結構高額である。

例の貧乏根性が働き、比較的新しく開店しためがね

スーパー店にゆき きょろきょろ。

若い女店員が 満面の笑みで近ずいてくる。

至近距離で(どのようなものを お探しですか?)

これだけで われわれ年配は緊張する。

(あ、、、あのー、、、目にかける眼鏡、、、色の濃い、、) 

訳の分からぬことを言ってる俺に 優しく これなど

レジャーに好適だと出され 前にまわり かけてくれる。

(お似合いですねー)と言われて目じりを下げる。

価格表を見て 呆然とした。   一体 いくつの

0がついてるのか・・?  確認するのも恐ろしい。

(今日は ちょっと下見で、、、、)しどろもどろで

店を出る。  店員が外まできて 両手を身体の前で折り

長い間 最敬礼している。  あわてて軽トラを発車

通いなれた一番近い 百均へと向かう。

もう当分 こあたりは通りにくくなった。

2020 TOKYO   幻?

一時期 世界の女子陸上長距離界を、席捲していた

中国の(馬軍団)の名を耳にしなくなって久しい。

男子も あの劉翔が失速してからは、意気消沈。

卓球やバレーでは、トップクラスを維持しているのに

不思議とも思うが、中国となれば裏の事情が、多々あると

推測するのも 無理からぬところ。

一方では中国の 日本国土の買収が、急加速している。

北海道の広大な不毛の原野を、何のために?と思う

表向きは ペーパーカンパニーによるリゾート開発らしい。

しかし その近辺に空港や、自衛隊基地がある。

それに すでに国内に6箇所もある、中国大使館をさらに

新潟と沖縄に増設を 目論む。

大使館は ご承知の如く(治外法権)の場所である。

その中で 何が行われようと、日本は手を出せない。

各地にある(中華街)もある意味では租界である。

尖閣も中国海軍艇で、不安感が増している。

あってはならないが、有事の際(国防)は万全か?

それ以上に心もとないのは、日本政府と国民のなかで

危機意識が全く見られないことだ。

アメリカの支援を期待するなど、何の確約もない。

こんな時期にでも 政府は中国人の日本入国規制の

大幅緩和を 発表している

中国がチベットやウイグル自治区と、同じ手法を取れば

現状の日本では、他愛なく中国に屈するだろう。

2020年東京が 無事に開催できる事を念じて、こんな

馬鹿らしい思いが 杞憂に終わる日を待ちたい。

ロングステイ、、、今は?

ロングステイ   この言葉に惹かれて三度ばかり

試行したことがある。 マレーシアのペナン マラッカ

タイのチェンマイである。

結論から言うと、世の中を(楽して、のんびり暮らそう) 

なんて考える 馬鹿さかげんに、一撃食らった気がした。


テレビのロングステイ特集番組  夢のようなマンションで

悠々自適のリタイヤーの夫婦  旦那は毎日のようにゴルフ

奥方はカルチャー教室通い。 ご馳走と現地の暖かい人情

心地よい南国の風に吹かれて ゆったり暮らす。

しかも信じられない位 物価が安い。

日本の二分の一 いや三分の一で十分。

年金生活者で貯金まで、できる人まで多くいる。

紹介する仲買業者のパンフレットに、心踊るような文字。

実際の現地の 日本人事情は、書かないでおく。

いい面も勿論 多くある。

ただ 故国を離れ異郷の地で、寄り添う日本人同士に

その裏側の一面も 見せつけられた。

町なかのランニングで、放し飼いの犬に追われ 必死で

屋台店へ逃げ込み、周りに大笑いされ肩を、たたかれ

大丈夫とジェスチャーされた時 一瞬この地での社会を

感じたのが唯一 こころに残っている。

心の記録  永久に

ヤクルトのバレンティンが、王貞治らの持っていた

ホームラン日本記録を、塗り替えた。

先日は 楽天田中投手もあの鉄腕 稲尾和久が

残した連勝記録を、追い越した。

まずは(おめでとう)、、、、、、、、、。

でも 何か寂しい気持ちも漂う。

当時は 今とは事情が違う中での事だと またまた

未練がましい老いの愚痴が出る。

しかし (記録とは数字  数字が記録)なのだ・

背景に隠れた微妙な 人の心は見えない。

今 ファンは新しいヒーローを称え 盛り上がる。

コーヒー片手に 居間の窓から澄み渡る、青空眺め

(いなお、、、、、)とつぶやく。

              彼は もういない。

これで 最後

天皇賜杯軟式野球の、全国大会が今日から57チームが  

参加して島根県で 始まった。

近くの球場に見に行く。  久しぶりに社会人野球に

接して、俺の頃との格差にガクゼンとする。

この大会は国体と並び、軟式の最高峰である。

流石に各県の代表チームだけあって、洗練されたプレー、

選手のコスチユームも、プロ野球並みである。

23年前の鳥取国体で、俺たちは初めて県大会に勝ち

中国大会まで勝ち進んだ。 念願が叶うまで15年以上

かかっていた。   その頃の 山陰地方のレベルは

今と比較すれば かなり低かったように思う。

予想どうり 広島 山口 岡山には歯がたたずに  

悔し涙をのんで、クラブチームの力のなさを嘆いた。

でも 今思うとその時が野球人生の、頂点だった。

グラウンドにはじける 若い力見ながら 自分に

言ってきかせる。 お前もそうだったんだよと。


来月27日  高知県でのねんリンピックマラソンに

5人の仲間と 県代表として出る。

野球より も少しいい結果を出したい。

いつも通りのつぶやき残して。

      (これで最後だから、、、、、、、、)



風よ。。。。。。。

ランナーにとって 気象条件は絶対的な意味をもつ。

暑さ 寒さ 雨 雪は気持ちの上でも許せる。

最大の敵は  風だ  こんな厄介なものはない。

アゲインスト(向かい風)は当然タイムは落ちる。

さりとて 追い風でも思うほどの好タイムは出ない。

私のいる島根県 特に出雲地方には、日本海 宍道湖

斐伊川と、風の通り道には事欠かない。

ホームグラウンドである斐伊川土手。 薄暗い冬の午後

誰一人いない寒風の中  走り出す気迫はいいのだが

一瞬に来る北西の季節風  身体が前に出ない 戻される

俺は何の為に、こんな所でもがいているのか?

強風によろけながら 山陰の厳しさを、思い知らされて

立ちすくむ。

これを 何とか克服できぬかと、今になって思い返すと

ずいぶん馬鹿らしいことを、何度もやってみた。

その結果が、現在の成績だ。

野犬に追われ 必死で逃げ、あとで好タイムに驚くことも

あった。   世界のアスリート達の (風対策)って 

どうだろうか? 無念の思いで去っていくのだろうか。

次の試合では (風さん 俺の背中だけ押してね)

幻のゲンコツ

天理大柔道部の暴行問題を 紙面が取り上げてる。

金メダリストも絡んでいるとのこと。

またかの感は否めないが、彼がどのような位置づけかは不明

同じ部内でも、メダリストというだけで、名が突出している

のかもしれない。

この問題 巷間では賛否両論  いや むしろ肯定論の方が

俺の周辺では多いようだ。  (そんな時代の人間だよ)と

言われれば そうかと引き下がるより仕方ない。

ミスして監督に殴られ、家でそのことを、言えばミスする

お前が悪いと、オヤジにまた殴られても、それほどの

違和感のなかった高校野球時代。    時は流れた。

今  トラック競技の周回を、勘違いしてしょんぼりと

していても 殴ってくれる人は誰もいない。

また あの時の(鬼監督)に無性に逢いたい。

記憶の中のトルコ

今朝のニュースで日本の女子大生二人が、トルコのカッパ

ドキアで殺傷されたと伝えている。

最近の海外旅行での 日本女性が余りにも無防備な、行動に

眉をひそめることが、多々あるのは事実だ。

この二人は そうでないかも知れないが、楽しかるべき旅行の

悲劇的な結末は、本人だけでなく周りにも どれほどの影響を

もたらすか。  (起こるべくして 起こった)との囁きが

出ない行動で 楽しんでほしいと願う。


トルコでは現地ガイドの ファイキ君と彼の生家があるコンヤで

歓待を受け サッカー選手だった二番目の弟と、競技場を三周走り

一周遅れて 恥かいた懐かしい旅の思い出がある。

丁度 イラク戦争が終結した直後で、国境に近いトルコ東部には

近づけなかった頃だ。

今回の事件と重ね合わせみて、やるせない気持ちは拭えない。

秋---   黄昏の想い

三日 連続の晴天  島根もまさに秋である。

山際の道を走っていると、青いイガの栗がいっぱい落ちてる。

後で取りにくるつもりだったが、タイムばかりが気になり

すっかり忘れてた。

栗  梨  柿  無花果等 都会では店頭でしか見られない

秋の果物も、ここでは自分の手で取り 食することができる。

(田舎の贅沢)は豊富にある。

しかし この秋の味覚 口にしたあとなぜか、寂しさが残る。

薄汚れた 自らの人生がそうさせるのかは 分からない。

何事も時代のせいにせず、山陰で迎える43回目の深み行く秋に 

遠くなった故郷   大阪を想う。

オリンピク  来来

今日のニュースは2020年 東京オリンピック開催1色だ。

石原前都知事が、巨額の公費を垂れ流し、物議を醸した

前回の誘致合戦の 第二章である。

安部総理 猪瀬都知事を先頭に各界から、多くの人たちが

皇室の一部のお方まで巻き込んで、招致会場へと乗り込んだ。

おやと思うような人 この人がなぜと首をひねりたくなる

ような人までぞろぞろーーーー。何のためにーーー?


オリンピックがその崇高な精神から、逸脱してあからさまな

商業ペースになったのは、あのサマランチ会長時代だ。

今回も裏で 金 政治的思惑 利権等複雑に絡みあったのが

垣間見える。

参加する選手も汚染され タレント化したスポーツ職人に見える。

日本のテレビを見ても、元オリンピックや プロスポーツ選手の

なんと多いことか。 若い〇〇タレントとふざけてる姿見ると

彼らのかっての栄光は 地に落ちる。

映画館の白黒映画でみた 過去の五輪記録映画(美の祭典) 


館内も観客も厳粛な気持ちに溢れていた。

オリンピックもひとつの(壮大なショー)となり果てた。

マラソンいずこに、、、、、、、、。

マラソンは42.195キロを完走して(マラソン)となる。

最近はあちこちの大会で 3キロ 5キロ走でも、マラソンの

名を冠したのが多く、参加する人もその気分?

先日 例の24時間テレビで、体重を77キロに落としたと言う

女子お笑い芸人が、88キロを完走?   予定どうり歓喜の

渦巻くスタジオにゴール。  タオルを首にかけ胸の横で

手だけを横に振る 大して汗もかかず歩き走りきった。

(すごいなー)と、ボランティアをのたまう芸人集団を見る。

それ以上に面白かったのは、タレントの横を伴走していた

じいさんランナー    走るにも走れず歩調を合わすのに

四苦八苦してる様子が、気の毒ながら一番受けた。

このテレビマラソン  あのじいさんが来年も出るなら

絶対 見逃せない。俺の中で新しいスターが生まれた。

たわごと

長雨のあと 青空が二日続き、やっと走れた。

と  喜んでると また雨<<<<<<。

最近は 猛暑とか豪雨とかが、一括払いでやってくる。

こんな日は。。。。。。。。。

ビッグマックとコーヒーで、通る車の水しぶきでも見ながら

遊び呆けた心身をリフレッシューーーーーーーー。

いつまで続くだろう? このリラックマの様なだらだら生活。

帰りに図書館で、気鋭の新進作家の本でも探し 蘇生しよ。

お調子者

野球少年のころ、憧れの的は阪神の藤村富美男三塁手。

物干し竿と言われた37インチのバットで、ホームランを量産した。

当時の46本塁打は 後に小鶴誠に破られるまで、日本記録だった。

彼見たさに一番電車に乗り 甲子園の選手入口で待つ。

3時間くらいあと 藤村が来た。  どうしてもサインが欲しい。

サイン帳なんかない  その頃は入場券を買えば、薄っぺらな選手名簿が

貰えた。  それと父に借りた万年筆を添えて、震える手で差し出す。

(サイン お願いします)  そんな紙にでも書いてくれた。

頭をなで(坊主  勉強しろよ)    夢見心地でうなずいた。


親や先生より 説得力があり その日は遅くまで勉強している。

後年 同じようなシーンを偶然に見た。

左腕のエースが 大きな外車で球場に到着。白ずくめのスーツの後ろに

怖い人を従えている。  子供たちが(サイン サイン)と群がる。

サングラス越しに前をみつめ 人波押し分けて、無言で入口に消えた。

日本の時代を痛感する。


昨年 広島でのマスターズ陸上に参加。  運よく入賞できた。

トイレの洗面所で賞状を脇に置き、タオルで汗を拭く。 小学校

高学年くらいの男の子が二人  賞状をチラチラ見てる。

よせばいいのに濡れた手で 頭をなでて(勉強 しいやー)と

無意識にやってしまった。気持ちは多分 藤村富美男。

妙な顔をしてその子たちが 俺を見上げ 頭拭きながら通路に

駆け出す。  残った俺の間抜け面が鏡の中。

抜け道

もう一度ベトナムへ行こうかの話が出てる。

友と二人でベトナム カンボジアを訪れてから、20年過ぎた。

両国とも内戦の傷跡が、生々しく残っていた頃だ。

観光名所はアンコールワットを除き、戦火や蛮行の跡の暗い

印象が強い。 あちこちにフランスの植民地時代の名残がある

ホーチミン市(サイゴン)は、街中が終日バイクが溢れていた。

滞在三日目 早朝出発のため5時に起床。 ホテルの窓から

大通りを見下ろすと、バイクの姿が見えない。そして横断幕。

(ベトナム ホーチミンマラソン)の字が読めゼッケンを付けた

ランナーがユニホーム姿で、たむろしてる。

あとで聞くとホーチミン市と毎年、交互の開催らしい。

スタートはロビーに居たので、見ることはできなかったが、バスで

少し走ると後尾のランナーが見えた。

走路を離れて右の林の中に、入って行く。 棄権。?。

ガイドに聞くと(この道 近い)と言う。  ケロッとして裏道を

行くランナーに呆然として、彼我の差を感じる。 ベトナムでの

マラソンの位置ずけは低い。  優勝タイムも3時間の半ば。

そういえば ロンドン五輪の時 猫ひろしのカンボジア代表云々での

騒動もあった。

俺も練習より近道探したほうが、良さそうかな?

あとなき焦り?

今日で六日間 秋雨が続き、空を見上げて長嘆息。

これでは1メートルも走れない。   10年くらい前は、大雨 大雪以外は

走るのが常だったが、80歳が目前では世間の目がある。

(どうした  何かあったのか 大丈夫か?)と認知症扱いされる。

29日  地区体育祭があり、例年通りロードレースに出るつもり。

中学生以上 50人くらいが参加する。 小学校の校庭を一周しロードへ。

3キロの短いコースを競う。折り返して校庭に戻るところで 結構な

坂道が続く。 そこからゴールまでの人垣は、知り合いばかり。

応援以外の雑音も、多々聞こえる中でのラストスパートとなる。

総合の順位は 当然ビリから数えたほうが早いが、10年刻みの年代別は

60台から首位を譲らない。 譲れない 俺以外だれも出ない、、、、、、。

あと10年と思うが、時は待ってくれない。

練習しないと、完走できないような不安感が増す。

明日の好天期待して、おとなしくしてよう。
  

鬼太郎 再び

鳥取県境港市。  米子市から親指を立てたような、弓ケ浜半島の北端にある。

名峰 大山から車で30分  途中には皆生温泉 米子空港もある。

半島は宍道湖から日本海に、流れ込む中海と美保湾に挟まれ、目と鼻の先に

恵比寿様を祭る 美保関神社がある。

この境港 漁業の水揚げ量日本一。  今までは売りはそれだけだった。

この町 (げげげの鬼太郎)の作者 水木しげるさんの故郷であり NHKの

連ドラ人気もあり 一気に名を上げた。

駅前から続く商店街は レトロ調に整備され両側の歩道には、鬼太郎に

登場する妖怪のブロンズ像が並ぶ。  今や妖怪一色の町となり異彩を放つ。

遅ればせながら、初めて覗いてみて ここまで立ち上げた人たちの苦労は

如何ばかりだったろうか?    このむずかしい独特の地方色 人間関係。

乗り越えるまでの苦労は、半端じゃないないはずだ。

すぐ横には、1万トン岸壁もあり韓国 鳥取 ロシアを結ぶ定期航路 時には

世界一周の豪華客船も接岸する。

皆生温泉ではトライアスロン発祥の地として、毎年開催され、参加者は抽選状態だ。

来年は俺も申し込む。もし当たって出場となれば、妖怪の世界はぐっと近ずく。
プロフィール

FC2USER351731WCE

Author:FC2USER351731WCE
ランニングを始めて23年目
少年の頃からやっていた野球も軟式のスピードにもヨタヨタして追いつけず55才で引退
何かお金のかからない遊びは?
あったぞー。
靴一足で一年いけるランニング。ではそろそろと。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。