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前だけ見て。

89歳になる県内一の 長距離ランナーKさんの記事が

地方紙に出ている。

マスターズには80才代が何人かおられるが 殆んど短距離やフィールドが

多い。  Kさんのようにロードやトラックに挑戦する人は 限られる。

おれ自身も75歳で マスターズの長距離を始めたが年上の方は3人くらい

しか知らない。  体力的には走れるだろうが 気力が萎えるのは75歳が

目安みたいな感じだ。 多くの人がこの辺でリタイヤーとなる。

Kさんとは一般の大会で時々走ることがあるが 最後まで力走される姿は

仙人の趣がある。

出雲の奥深い 田舎で黙々と練習されているのだろう。

10歳年上の大先輩に 向こうが止まられない限りこの差は変わらない。

来年も追わねばの気持ちが 湧いてくる。

これが(元気を貰う)事だと感謝しよう。


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12月から1月へ。

走り収めにすべく12キロのジョグ。

怠けて体重が2キロ近く増えて 重いこと甚だし。

コースにも歳末感はなし。

休みに入ったなと思えるだけだ。

安倍総理と大企業の高笑いの中の年末である。

ユメもチボウもない新年が来る。

穏やか過ぎる国民の 望んだ新年が来る。

と言うことは 平和なのだ。

割り切れない気持ちの中で 今年も過ぎてゆく。

年取るだけの 正月は要らない!

新聞

物心ついた時から 新聞の購読は朝日新聞一筋である。

何度 転居しても変わらない。 馴れとはこうゆうことだろう。

他紙では感覚が違って きわめて読みずらい。

出雲に来た45年前には 先輩が地元を知るには全国紙より

地方紙に馴染めと忠告され 当時の島根新聞もあわせて読んだ。

現在の山陰中央新報の前身は まだひ弱い広報版に思えた。

時を経て この業界にも大きな変革期を迎え読者を惑わせる。

特に 朝日新聞の偏り方はあまりにも酷い。 とうとう社主の謝罪と

首脳陣の刷新にまで ことが及んでいる。

それでも なお朝日を手離せない。

旧に恋々とするのは 自らの歩んだ人生の見切りの躊躇いであろう。

一方で広く世事を知り 片や地元の回覧板的感覚の 購読人生が続く。

再々・・・・・・・・出発だ。

歳末から新年へとの 新旧の移り変わりの季節感が全く

なくなってから随分になる。

大晦日のその一年に対する惜別。

ものみな 新しく見えた元日。

どこへ行ったのか?

時は流れ 移ろいの中 取り残される老いしもの。

傘寿が近ずき その実感がひしひしと迫る。

来年からは(老い)を楽しむ心境を持ちたい。

何にするか あと2日間ゆっくり考えよう。

今日も 風のない温かい出雲地方。

走ったあとが 爽やかだ。

そこを 出発点として幕開けだ。

数え切れないくらいの再スタートが3日後だ。

師走 明暗

師走だというのに この過ごし良さはどうだ。

雪も全くなく 定番の風さえ吹かない。

出雲は日本で一番 住みやすい環境ではないか?

と 錯覚するほどの毎日なのだ。

20年くらい前までの あの貧乏くさい寒さが最近はない。

極貧生活に変わりはないが 気持ちの安らぐ日が送れる。

しかし しかしである。安心してはいられない!

第三次安部内閣が発足した。

やりたい放題の大多数の 国民いじめの開始だ。

天気は良けれども 国情は大荒れの予測は外れそうにない。

来年のこの時期 同じ高齢者の(うらみ節)が聞こえる。

カラオケ

カラオケが定着したのはいつ頃だろうか?

おれの若いときには 勿論そんなものはなかった。

アルサロ(古いなあ)の舞台で おだてられて唄うのが

記憶にあるだけだ。

灰田勝彦 小畑実 岡晴夫 田端義雄なんかの曲を

ダミ声張り上げて得意げに唄ってから 60年近く過ぎた。


カラオケのソファーで あのでかい曲名の本から選曲するのは

大変である。  殆んど知らないものばかり。

最後は軍歌で落ち着く。

「戦友」は涙なしでは唄えない。 周りはきょとんとしている。

一人 浮き上がろうが沈もうが関係ない。

戦争の凝縮されたこの歌を 現代の人たちも心して聞いて欲しい。


もう一曲・・・・・・。 忘れられないのが ザ ピーナッツの「大阪の女」

おれの青春の全てが その中にある。

今夜あたり 歌ってこようかなあ。

無責任一代

小春日和に誘われて 13日ぶりに12キロ走る。

いつものコースなのに新鮮味がある。

思ったほどの落ち込みもなく気分上々 ものみな明るく見える。

今週末には またまた大寒波と気象台はのたまう。

聞き飽きた誇大予報。 そうかと聞き流す。

年の瀬は外においての日常が帰った。

ろうそくの火が 残り少なくなっても気にしない。

明日は明日の風が吹いてくれる。

新年・・・・・・来なくていい。

身近に婚礼があり それに伴う遠方の方の送迎 さらに

多少の積雪もあり 10日以上走っていない。

ランニング日誌の空白は 何か忘れ物をしたみたいで

罪悪感さえ覚える。

それほど 大層なことでもないが気にかかる。


あと 10日で年が変わる。

先般の選挙結果で 信任を得たと胸を張る 勘違い安倍総理の

暴走の幕開けだ。

秘密保護法やTPPをはじめとする 重要法案を背後において

誰もが反対のしようもない 消費税先送りだけを争点にした選挙結果で

審判を問う。  卑怯である。

しかし 国民は結果的にそれを「是」とした。

その日本に住んでいる。 甘んじて受けねば仕方ない。

気分悪いから 走ろう。       外を見る。

寒そうだ。  明日からにするか・・・・・・・・・・?

大雪・・・・らしい。

衆院選の最終結果を見て これほど予測通りにことが

運んだ選挙も珍しい。  やる前から結果がでている。

それも万人の思った通り 寸分の違いなくであるから面白い。

救いは もっと低いと思えた投票率がそれなりの 数値を残している。

まだ国民には 少なからずの義務感があることに一条の光がある。

後は日本の今後が 大きく予想外れになってくれる事を

願うのみだ。

今夜から列島が大寒波に襲われると ニュースが不安をあおる。

おれの記憶には当たったことが殆んどない。

毎日の天気を これほどまでに過剰に騒ぐのは日本だけだろう。

気象関係者の保身に 国民が踊らされる。

婚礼と選挙

甥っ子の結婚式に列席した。

時々小雪の舞う出雲大社 北島さんで挙式。

新郎新婦を先頭に 式場に向かう途中多くの参拝客が

カメラを向けてくる。 「きれいねー」 花嫁ばかりへの賞賛。

後ろから行く爺さんたち。 一顧だにされないが それでも

緊張しながら続く。 新しい革靴に足が痛い。

披露宴は近くのホテル。 よくもまあと感心するほどの 多彩な

演出が年寄りを惑わす。

昔の披露宴感覚からは 遥かに別の空間に置かれていても

慣れないナイフ フォークで飲み、食いだけはしっかりやる。


疲れて布団の中  選挙速報が始まる。

「・・・・・・・・・・・・・」    さっさと寝よう。 

しあわせの一歩

明日 家内の実家で婚礼がある。

県外から姉妹も 列席のため帰郷する。

末妹は福島県からの長旅である。

当日は 家内が3人の着付けをするので早朝からの

大奮闘となる。

こんな時の男は何の役にも たたない代物だ。せいぜい

移動の際の(あっしー)くらいか。

出雲の北島さんでの式。 披露宴が市内のホテルになる。

すべて 恙無くお開きになるまでの両親の気苦労は 手に

取る様に理解できる。 こちらも緊張感が溢れている。

世代の移ろいに 幸あれと祈る。



歳末愚考

来年2月までレースがない。 この寒い時期に約2ヶ月のブランク。

待ちかねたように(なまけ虫)が 頭をもたげる。

近年 出雲の冬はそれほどの厳しさはない。

走り始めたころは 雪やみぞれの中でも義務のように 練習していた。

自らの力の限界を知り ムダな抵抗をやめる事に迷いはない。

しかし 風も雪もないのに コタツと酒だけには情けなさすぎる。


元日 早朝 ランニングクラブの初練習を寒風のなか 宍道湖周辺で

5キロを走り(お神酒)を頂く  あとテレビで実業団駅伝見るのが常だった。 

それも 失礼してから10年以上過ぎている。 

60才台は若かった。 前途洋々の気持ちも多少は残っていた。

傘寿を前にした今 行く先に奈落が見えている。

老い行く者の愚痴ほど 醜いものはない。

先にあるのは これまで歩いてきた己の道の結果だ。

黙って進むだけ。

そして まもなく今年も過ぎ行く。

選挙 ハハハ・・ 選挙か。

衆院選が終盤に入った。

これほど 関心の持たれていない選挙は おそらく戦後

初めてのことだろう。

マスコミさえニュースにならないと そっぽ向いている。

おれんちの田舎でさえ 選挙の度に大騒ぎしていた男が

「王将」で元気なく餃子を 食ってやがった。

「やあ」とだけで 手を上げてラーメン代払っておれも 店を出る。

いままでなら選挙中 こいつに捕まったら大変だった。

おそらく 史上最低の投票率になるだろう。

誰も悪くない。

そんな日本に おれたちは生きている。

そこのけ 五輪が通る

国際オリンピック委員会が 2020東京大会から野球と

ソフトボールの復活を取り決めたらしい。

日本では人気のある競技でもあり ましてやメダルの期待が

高いだけに 喜ぶべきことであろうけれども なにか釈然としない。

とかく その本質をはなれ商業ペースで肥大化しすぎた 五輪を

ますます混迷させるのではないか?

そして この決定に至るまで委員会で どのような議論がなされたの

だろうか?  日本得意の裏技がとまで考えたくなる。

世界で野球を知っている国が どれだけある?ましてソフトに至っては。

本家のアメリカは五輪には 主力選手は出ないし中国などのレベルは

まだ(棒球)の域を出ない。

おれたち 全くルールを知らない競技もあり オリンピク参加種目として

妥当なのかと思えるのが多すぎる。

このまま 進めばやがて 鬼ごっこ かくれんぼ 椅子とりゲームなどが

なんでもありで 正式種目になる可能性も出てきた。 がんばろうニッポン。

行く先が楽しみになってきた!

  

アパート暮らし

改めて周りを見渡すと なるほどマンションやアパートが

この地にも随分 増えたのが分る。それも今風のものが。

大手誘致企業の近くだと 社員や派遣のためのものだと

思えるが あまり必要性のない田んぼ周辺にも立っている。

人口が増加したのならともかく  逆の状態で貸家稼業が成り立つのかと

人事ながら心配したが 結構入居者はいるそうだ。

かつての三世代同居のような複合家庭が 激減して核家族化した結果だ。

若者が 両親や祖父母との同居よりそちらを 選ぶ気持ちは理解できる。

おれだって学生時代 堅苦しい両親と離れアパートで住んでみたかった。

大学で片道 1時間半かけての通学するおれには繁華街に近いアパートで

自由に一人暮らしする友達が うらやましかった。

いま思えば そんな事に憧れを持ったのが 人生堕落の第一歩だったのだ。

この地の人が おれと同じだとは思はないが 限りなく近い気持ちの者だって

いるだろうなあ。

そんなこと 考えながら車から見えるマンションの中の人々の生活を思う。




真珠湾

12月8日と聞くとおれたち もしくは上の世代のものには

特別な感情が胸をよぎる。

そう 73年前日本軍が、真珠湾に奇襲攻撃をかけて 太平洋

戦争に突入した日である。

今の日本の歩んでいる道は その日から始まったと言える。

いまだに続くアメリカの支配 その顔色だけを伺う日本政府。

いつになると この状況から脱却出来るのか全く不明である。


その 真珠湾に行ったことがある。

15年くらい前 ホノルルマラソンにでた折パールハーバーへと

足を向けた。 日本軍の爆撃のおり 1100人が戦死した戦艦アリゾナが 

まだ当時のまま眠っている記念館に 海兵隊の挙手の例に送られて

ボートで渡った。

厳粛な気持ちで胸が一杯になる。

戦争は 国による殺し合いである。 個個には何の憎しみもない人々が

その名の下に戦はねばならない悲惨さを 目のあたりにして誰もが声も

なかった。  この地球上 各地でその愚かさが尽きない。

人と国ある限り 争いは耐えない。




選挙? そういえば・・・・・あるなあ。

一向に盛り上がりのない衆院選が 中盤に入った。

おれの住むあたりは票田にもならぬのか 選挙カーの

騒音も全く聞くことがない。

結果がすでに 出ているような選挙戦では寂し過ぎる。

自公路線容認の末は今後 日本の歩んで行く道がどうなるか

自分たちの生活に どんな影響があるのかをみんなが

考えたことが あるのだろうか?

選挙によって 国が劇的にかわるような事は日本では期待する

のは土台 ムリである。  お人よし国民 それを利する政治家。

暗い気持ちを 冷たい雨が余計に追い討ちをかける。

もっと 落ち着け

毎年 12月に入ると車のタイヤをスタッドレスに替える。

それが この地で生活するは絶対必要事項である。

ところが 近年はその必要も余り考えなくなった。

積雪 凍結が激減したのだ。

出雲地方でも 山間部や東部では例年と変わらないみたいだが

おれの住んでいる宍道湖周辺では 昔に比せば積雪は殆んどない。

従って ものぐさの極みの老人は油断しスタッドレスから忌避している。

現実に知人も ノーマルタイヤで一年を通す人もいる。

なまけものなのか 現実に即してるのか はたまた単に金がない

だけなのかは判然としない。

それでも昨日 例によりニュースが日本海側に大寒波襲来だと

脅しているのを聞くと 矢張り落ち着かない。

夜中に何度か外を見る。

朝 少し白くなっているが何のこともない。

あと1週間の 予報にも雪の気配はない。 結構なことだ。

県外の皆さんも 冬の出雲のイメージを変えてもらいたいと思う。


今日は風もない。 元気に走ってこよう。


ふと外を見ると北の空が暗い  やばい・・・・・雪雲か?

早く タイヤ替えしなければ!





インスタントまみれ

新しく出来た郊外型のドラッグストアーに入って驚いた。

広い店内に食料品が 大きいスペースを取っている。

ここは 薬局じゃないのか? 酒もあれば日用品もある。

それにインスタント麺のすごい種類に 二度びっくり。

こんなに あるのかと感心するくらいだ。


この種に出合ったのは 15歳の時(チキンラーメン)が最初である。

今より味が濃かったように思える。  もの珍しさもあって毎日のように

食べては母に叱られていた。

次々と新製品が出ていたのは 知っていたがこんなに多いのは日本

だけだろう。

海外 特にアジアで何度も見かけ 長期滞在の時には現地産のものを

1ケース買ったが 全く食える代物ではなく全部現地の人に上げた事もあった。

便利さと 手抜きとは同義語のように思える。

今後も 手間ひま掛けずに食べれる製品が 開発され続けるだろう。

有難いような また一脈の寂しさもある。

インスタント食に溺れる インスタント国民が選ぶ インスタント議員が

まもなく生まれる。

さよならだけを・・・・・・・・・・・・・・。

高倉健 菅原文太の2大スターが亡くなり 連日その功績と

人柄を称える記事や 映像が溢れている。

年代的に近いだけに お二人はデビユーの時から見ていた。

真っ先に頭に浮かぶのは ダンピラ振りかざすヤクザ礼賛映画である。

単純にヤクザを格好良く描いただけで 記事にあるような人間や人生の

深淵をえぐるようなものでは なかったように思う。

一言でいえば 娯楽映画そのものである。

当時の 切った張ったのスターで残っていたのが まさに このお二人だけ

なのだ。 ブームが去り銀幕で大暴れしていた ヤクザスターの殆んどが

亡くなった。

後年 出ずっぱりの東映時代とは違い数年に一度 文芸作品に登場した。

絶妙の環境 時期である。 この2大スターが幸運だったのはこの流れである。

男くさいし 演技力も持つ俳優であることは論をまたないし ムチ打つ気持ちなどは

毛頭ないが あまりにスクリーンを通してだけで 全てを美化し過ぎるのには 少々

違和感を感じるのは おれだけだろうか?

人は年とともに 存在感が増し そして消え行くのが世の常である。

その 流れの中で 二人のスターが逝ってしまった。

素晴らしき哉 ニッポン!

衆院選挙の公示と共に本格的な冬が来た。

各地で雪のニュュースが多いようだが ここ出雲では少しだけ

雪らしきものが ちらついただけでエアーポケット状態が続く。

10年くらい前から 寒冷地から外れたような感じがする。

気候はともかくとしても住民意識は お寒いままで取り残されてる。

今朝の紙面 与党候補者の出陣式の写真 相変わらずに借り出された

支援者たちが多勢拍手しているのが 出ている。

殆んど高齢者だが 無表情で付き合っている。笑顔もない。

何十年も前から見慣れたものが そのまま残っている。

これからも 続くことだろう。

この人たちと 異次元の大企業が政権を支えているのだ。

「愚痴はよそうぜ お富さん・・・・・・・・」そんな声が聞こえる。

その通り・・・。

今まさに おれたちはその日本で生きている。

師走の風が 少し冷たくなったようだ。 今年も逝く!

呉 清源

呉清源といっても 誰か分らない人の方が多いだろう。

一昨日 亡くなった昭和の大棋士である。

100歳での大往生。

本当に懐かしい名前である。 

おれは 碁はやらない。 それでも少年時代に父から

この名を何度 聞かされた事だろう。

14歳で中国より来日 天才少年と呼ばれた彼の才能が

日本で大きく開花した。

対戦したライバルの 木谷実九段は関西の棋士で父とは交流が

あった。 京都の茶席で同席して緊張したのを思い出す。

坂田栄男 高川格 橋本宇太郎等当時の日本トップ棋士を

悉く打ち破り(昭和の大棋士)と呼ばれた彼にも 日中関係の

狭間で苦しい時期があったと聞いたが その架け橋としての

功労は偉大だった。

頑固で気むずかしい おれの父が唯一賞賛していた呉清源・・・。

懐かしい名前に胸が」熱くなる 合掌。

枯れ木にも花を・・・。

ランニングを始めて25年目に入った。

その頃の体重は70キロを前後していた。

現在は53キロ弱で安定している。

記録は果てしなく落ち続けているが もしも体重が元の

ままであればパンクしていただろう。

確かに動きは軽くなったが いいことばかりではない。

顔を始め身体中がシワだらけとなり シミが溢れている。

痩せてしぼんだような姿を 鏡で見ると情けなくなる。

おまけに髪までが(おさらば)しやがった。

それでも 以前の食生活に比すと格段に健康的である。

極力 ハイカロリー食品は避けるようにしている。

と言うと聞こえはいいが 要は贅沢ができなくなっただけ。

師走の風に枯れ木が揺れている。
プロフィール

FC2USER351731WCE

Author:FC2USER351731WCE
ランニングを始めて23年目
少年の頃からやっていた野球も軟式のスピードにもヨタヨタして追いつけず55才で引退
何かお金のかからない遊びは?
あったぞー。
靴一足で一年いけるランニング。ではそろそろと。

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